宇宙航空研究開発機構

突撃!きずな実験レポート 第25回(2015.02.04)

第25回目は「日本医師会南海トラフ大震災を想定した衛星利用実証実験」において『きずな』回線を利用頂きました、九州大学大学院医学研究院先端医療医学部門災害・救急医学分野の永田様にお話を伺いました。

日本医師会南海トラフ大震災を想定した衛星利用実証実験(防災訓練)2014」(平成26年12月10日実施)から見えてきた将来性と課題

九州大学大学院医学研究院 先端医療医学部門災害・救急医学分野 助教授  日本医師会総合政策研究機構 客員研究員 永田 高志(ながた たかし)
九州大学大学院医学研究院
先端医療医学部門災害・救急医学分野
助教

日本医師会総合政策研究機構
客員研究員
永田 高志
永田 高志(ながた たかし)
平成9年         九州大学医学部卒業
平成16-18年  ハーバード大学公衆衛生大学院武見プログラム留学
平成24年       現職

 永田先生はどのような研究や教育を行っていますか。

『災害救急医療に関連する研究教育を行っております。』

 私は長年救急医として働いてきましたので、その経験を生かして救急医療を中心とした研究教育活動を行っております。主なテーマは以下の4つです。

 #1 災害危機管理
 #2 心肺蘇生法の有効性と限界
 #3 クラウド型災害医療情報システムの開発
 #4 外傷診療と関連する臨床研究

 #1ですが、ここで言う危機管理は米国のemergency managementに相当します。危機(emergency)は人間の生命そして財産が脅かされる、災害も含めたあらゆる状況を含みます。そして危機管理(emergency management)はその状況を解決するためのマネジメント手法です。災害やテロなど様々な危機に直面している米国ではこの分野の研究教育が非常に進んでおります。現在は危機管理の基本原理、そしてインシデントコマンドシステム(通称ICS)緊急事総合調整システムを中心に勉強しながら、日本への導入を進めております。ICSは災害時に医療をはじめ様々な機関が協力して対応するための約束事です。4年前の東日本大震災では、日本医師会災害医療チームJMATやDMATが被災地における支援活動に従事しましたが、必ずしも効率的に運営できず課題が残りました。現在厚生労働省が進めております都道県災害医療コーディネート研修会において、このICS緊急事総合調整システムも必須項目の一つとして指導しております。



書籍 ICS緊急事総合調整システム


 #2は心肺停止患者の救急搬送データであるウツタインデータを用いて1次救命処置(胸骨圧迫やAED仕様)そして2次救命処置(薬剤投与や気道管理)に関する有効性や限界について臨床疫学研究を行っております。いわゆるビッグデータ解析であり、九州大学医学研究院 基礎医学部門 環境社会医学萩原明人教授の指導の下進めております。
 #3は後述の質問と重複しますので割愛します。要はクラウドを使った電子カルテを災害時に使う研究を行っております。
 #4ですが、外傷診療は救急医療において重要な位置を占めます。他方、外傷が少ない日本では体幹部の外傷手術が適切に実施できるための外科教育体制が確立されておりません。そのため、九州大学にて各種外傷外科教育を定期的に実施しております。


 医学研究院・先端医療医学講座では医学者の方々と工学者の方々が共同で研究を行っていますが、情報通信の研究は医療医学分野ではどのように活かされていますか。

『次世代型のクラウドを用いた電子カルテシステムや医療情報システムの開発を日本企業と協力して行っております。』

 最初の質問の回答にある#3ですが、日本の企業と協力して、次世代型のクラウドを用いた電子カルテシステムや医療情報システムの研究開発を行っております。日常生活においてDropboxやGoogle、Facebookといったクラウドを用いたアプリケーションが自由に使える一方、日本の大手メーカーが取り扱う電子カルテは様々な規制や理由により、古い設計思想に基づく、利便性の悪いものばかりです。我々は日本の企業と協力して、臨床現場において医師や看護師だけでなくあらゆるスタッフにとって使いやすい、セキュリティーの担保された電子カルテそして医療情報システムを目指しております。そのためにはクラウドそして高性能のサーバーを使うことが必須だと考えております。世間にはクラウドは危険との誤った認識があります。実際は、クラウドを使うこととセキュリティーを担保することは同時に行われます。技術的には病院内でよく見られる、専用回線による据え置き型サーバーの方が情報漏洩の危険性が高いです。
 また、世界標準の電子カルテの開発を目指して、同分野の世界的権威であるハーバード大学のジョン・ハラムカ氏の指導を仰ぎながら研究開発を行っております。


 平成26年度の日本医師会の防災訓練において「きずな」地球局が設置された先端医療イノベーションセンターはどのような施設でしょうか。

『医学と工学の融合による新しい技術開発を通じた患者さんのための医療提供を目指しております。』

 内視鏡外科手術の新しいアームの開発が主な研究です。九州大学先端医療イノベーションセンターは本学直轄の組織であり、その建物は他の医学部キャンパス内の施設とは独立しております。そのため、「きずな」地球局を設置することが容易でした。


 防災訓練で利用されたクラウド型災害医療情報システム「Open Net Karte Community, Open Net Karte」はどのような特徴がありますか。
また、「きずな」回線での利用にはどのような印象を持たれましたか。

『クラウド型災害医療情報システムはクラウドを用いた日本初の電子カルテを元に災害用に開発したものです。今回の実証実験を通じて「きずな」回線とは問題なく接続でき、使用できることが確認できました。』

 Open Net Karteとは株式会社医療情報技術研究所が開発し福岡県広川町にある姫野病院で導入された、導入当時日本初となるクラウド型電子カルテシステムです。2011年3月の東日本大震災において福岡県医師会を中心としたJMAT福岡が福島県新地町の医療支援を行う際に、災害用に機能を特化したものを導入しました。本システムの特徴がクラウドを用いているため汎用性が高く、遠隔の福岡県から被災地の医療活動の診療録や各種情報をセキュリティーが確保された状況で閲覧・書き込みが可能であり、効率的な災害医療支援活動を行うことが出来ました。
 この経験を元に、システムを向上し、来るべき首都直下型地震や南海トラフ地震を想定したJMAT活動に対応できるためにOpen Net Communityを開発しました。2012年より毎年行われている日本医師会そして47都道府県医師会が参加する「南海トラフ大震災を想定した衛星利用実証実験(防災訓練)」は、同時に指揮所訓練として位置づけられ、災害時における情報共有の訓練の中で Open Net Communityが用いられてきました。



Open Net Communityの画面 敢えて簡素なインターフェースとした



日本医師会本部におけるクラウド型災害医療情報システムを用いた災害訓練風景



南海トラフ地震におけるJMAT派遣の概要


 衛星通信そしてクラウド型災害医療情報システムを用いた災害訓練では、情報共有が可能であることが証明されました。実際の災害では、より円滑な災害医療支援活動を可能にすることが期待できます。
 また、「きずな」回線との接続は円滑であり、仮に現在災害が発生しても速やかに災害支援活動に使えることが期待できます。


 現地での災害医療において「きずな」の利用は有効と考えますか。

『災害直後の通信インフラが機能しない時において有効であると思います。』

 約4年前の東日本大震災では発生後1、2週間はインターネット回線をはじめ各種通信が極めて使いにくい状況でした。特に被災地では通信が途絶していたところも数多く見られました。「きずな」をはじめとする衛星通信は地上の影響を受けること無く恒久的な通信を可能にするため、首都直下型地震や南海トラフ地震など日本が想定しております大規模災害におきまして有効であると考えております。
 他方、米国のアラスカ州では衛星通信は日常生活の中で使われております。広大でかつ厳しい自然環境のアラスカでは、光ファイバー回線の敷設は困難であり、かつ集落が広範囲に分散されております。そのため、衛星通信を用いた情報共有が一般的です。遠隔地の集落になるクリニックから都市部の医療機関に画像送信を行い、診断のためのコンサルテーションを行う例もあり、衛星通信を用いた遠隔医療が日常的に行われております。この様な事例も参考にするべきだと思います。


 九州大学は「きずな」の地球局を購入しました。今後の利用用途を教えて頂けますか。

『継続的な実証実験を行い、その知見を次世代の衛星通信に反映することが大学の使命です。』

 九州大学イノベーションセンターでは地球局を用いて、衛星通信による内視鏡外科手術の画像送受信実験を行いました。離島や海外における内視鏡外科手術の画像配信は容量が大きいため通常は海底ケーブルによって現在行われておりますが、九州大学の実験にて衛星通信でも実施できることが証明されました。



九州大学先端医療イノベーションセンター屋上における地球局設置


 九州大学として、災害医療において通信衛星がどのように役立つとお考えですか。

『大規模災害において通信インフラが使用できないときの代替手段になり得ると思います。』

 適切に通信衛星を利用することで、南海トラフ地震で甚大な被害が予想される大分県、宮崎県、そして鹿児島県の被災地域との通信を確保することが可能であると期待しております。


 災害医療において通信衛星を活用するために要望や課題はありますか。将来の通信衛星での実現を含めて教えてください。

『やはり、コストそして衛星通信を利用するための簡素化、携帯化が必要だと思います。』

 現在の衛星通信を行うための必要機材や設備は個人携帯するためには現在のシステムは大きすぎると思います。また通信の設営にも専門家の支援が必要な状況です。被災地における災害支援活動のためには、携帯電話サイズの小型の地球局が容易に使えるようになることが理想だと思います。


 JMATとはどのような災害医療チームですか?

『JMAT (Japan Medical Association Team)は、日本医師会により組織される災害医療チーム、およびその枠組み。東日本大震災における医療支援活動で重要な役割を果たしました。』

 JMATは日本医師会そして都道府県医師会が中心となって編成・運用した災害医療チームであり、大規模災害における避難所医療、地域医療健康支援活動を主な活動としています。2011年東日本大震災では3ヶ月間に約1400チームが被災地に派遣されました。
 DMATに代表される災害医療チームは2011年当時外傷診療に特化しており、避難所診療や長期支援を行う体制がとられていませんでした。他方、1995年の阪神・淡路大震災の時点で避難所や地域医療支援活動の重要性は明らかでした。この事実を踏まえ、日本医師会は来るべき大災害に備えてJMAT案を事前に準備していました。
 JMATは医師看護師のみならず、薬剤師やリハビリなど多くの医療職種が幅広く参加して被災地域のニーズに合った支援活動を長期に行ったことが特徴でした。
 他方、自治体の災害対策本部との連携調整や他の災害医療チームとの効率的な協力が課題としてあげられました。そのため、米国の危機管理のツールであり、災害時に組織を適切にマネジメントするためのツールであるインシデントコマンドシステム緊急事総合調整システムの導入を行いました。
 現在日本医師会は各都道府県医師会そして日本DMATと協力して来たるべき首都直下型地震や南海トラフ地震のための準備を鋭意進めております。



南海トラフ地震を想定した各都道府県JMAT派遣の概略図