宇宙航空研究開発機構

突撃!きずな実験レポート 第8回(2010.10.01)

第8回目は岩手医科大学澤井様に遠隔病理診断における「きずな」の有効性についてお話を伺いました。

『遠隔病理診断(テレパソロジー)の発展と医療への貢献を目指して』

岩手医科大学 病理学講座[先進機能病理学分野] 教授 澤井 高志
岩手医科大学
病理学講座[先進機能病理学分野] 教授
澤井 高志
澤井 高志(さわい たかし)
経歴
昭和53年3月東北大学大学院卒業後、同医学部病理助手、講師、同医学部附属病院助教授を経たのち平成9年8月、岩手医科大学病理学第一講座教授就任。平成10年より同大学医療情報部長(現 総合情報センター長)を兼任。平成20年には同大学附属図書館長に就任し、図書館の情報化にも尽力している。

病理医の仕事風景

【研究内容等について】

遠隔病理診断の発展、利用のほかに大学の総合情報センター長として学生の情報教育、遠隔教育の開発を行っている。

講座としては、日常業務としての病理診断(左図)の他、関節リウマチなど膠原病などの病態解明を中心に研究しているが、なかでも、リウマチでみられる関節の破壊を重点的に免疫組織化学、電顕、遺伝子、モデル動物を利用して解析している。研究の最大のポイントは、有効な治療法の開発はもちろんであるが、関節リウマチでみられる炎症がなぜ10年、20年にもわたって慢性化するかについての解明である(右図)。

関節リウマチによる指の変形
関節リウマチの肉眼映像と顕微鏡像

 これまでの病理診断の問題点を教えて頂けますか?

迅速病理診断 『病理診断に対する社会の認知度が低い。』
病理診断には、病巣部から臨床医が組織を採って診断する生検、喀痰、婦人科検診のように細胞の形をみて診断する細胞診、手術中に患部を開いたまま良悪、転移、切除範囲を決める迅速診断(左図)、不幸にして亡くなった症例の病態や治療効果を検討する解剖(剖検)、さらに疾患について臨床医や学生と行うカンファランスなどがある。このように医療において重要な任務を果たしており、 日米の病理医数の比較 小説などでも取り上げられている(「最後の診断」アーサー・ヘイリー著 新潮社、「白い巨塔」山崎豊子著 新潮社等)ものの、内科、外科に比べて病理学の知名度は低い。したがって、病理医の数は少なく、現在、全医師数の0.7%、約2000名がいるのみで、人口10万人あたりの病理医数は米国に比べて約1/5であり(右図)、平均年齢は50歳を超えている。その多くは大学の医学部、大都市の病院を中心に勤務しているため、地方都市では大きな病院といえども常勤している病理医は少ない。





 遠隔病理診断について国内外では実用化されているのでしょうか?

『世界的にはヨーロッパ、アメリカを中心に始まったが、現在はインターネットを利用して静止画像を用いて世界的におこなわれている。国内でも常勤病理医のいない病院を対象に大学の病理部門が行っている。』

テレパソロジー  遠隔利用は北極圏のノルウェーやスイス、ドイツの山岳地域、アメリカのようなブランチの病院、あるいは世界的に分布する軍の病院を結んで行われているが、最近はインターネットを介して静止画像に添付する形で世界的に行なわれるようになった。 国内では、大学病院と常駐する診断病理医のいない地方の病院を結んで行われているが、現在は約40施設、120の病院間で行われている(左図)。内容的には手術中の迅速診断が多い。インターネットの利用が多いが、最近は光ファイバーを用いた動画像、また、バーチャルスライドを利用して行なわれている。



 遠隔病理診断に「きずな」を使う きっかけ を教えて下さい。

『遠隔医療の創始者である開原成允国際医療福祉大学大学院長に勧められ、文科省「宇宙利用促進調整委託費~衛星利用の裾野拡大プログラム~」に応募した。』

「きずな」を使った遠隔病理診断実験イメージ  以前から、現代の最先端をいくリアルタイムの動画やデジタルマイクロスコープを利用した遠隔病理診断を、光ファイバーを利用して行なう方式の有効性については確認できていたが、光ファイバーの敷設の問題や海外との通信については限界を感じていた。さらに、先端の機器を利用して海外とのテレパソロジーを行なうには通信衛星を利用する必要が不可欠と思っていたため、機会があれば通信衛星で検証してみたいと思っていた。






 実験ではどんな成果を得られ、今後どのように利用したいですか?

『光ファイバーとほぼ同レベルでの画像伝送能力のあることが証明された。
今後は光ファイバーの敷設されてない地域、あるいは海外との通信に利用したい。』

システム外観・バーチャル方式  「きずな」はKa帯という、衛星通信で一般的に使用される周波数よりも高い周波数を使っています。この高周波数帯は、小さなパラボラでより多くのデータを送受信できますが、その反面、降雨による減衰を受けやすくなります。雨の量に応じて電波の出力を自在に調整できる「きずな」のマルチポートアンプは、雨が多く降っている地域には電波の出力を上げることができ、降雨に強い通信ができるようになります。また、通信需要の高い地域への電波の出力を上げることで安定した高速伝送ができるようになります。緊急災害時等、視聴者の皆様に迅速に情報をお届けするためには、必要な機能と考えます。


 今後の「きずな」の実用化を目指すには?

『もっと簡単に利用できるような環境の整備が必要』

 今回の実験で、「きずな」の有効性はかなり実証されたが、きずなの利用スケジュールが立て込んでいるらしく、実験の日程を決めるのにかなり苦労した。光ファイバーと同等であるという完璧な実証を与えるには、まだまだ実験を繰り返す必要がある。人の生命を預かる重要な任務の場合、システムが途中で止まることは許されないため、何度も何度も実験を繰り返して安定したレベルまでもっていくことが必要である。そのためには今回の「きずな」の実験を一度で終わらせるのでなく、何度も実験できるような環境を整え、場合によっては第二、第三の「きずな」を作ってもらうことを希望したい。


 日本の医学研究の発展のために

『もっと他分野との連携を』

 最近の日本は、経済だけでなく、いろいろな面で国際的地位が落ちてきている。しかし、今回の実験のように「きずな」を利用した世界で初めての遠隔病理診断など個別的にみると日本もまだ捨てたものではない。隣の分野をみると自分の研究分野で応用できそうなことが、まだたくさんある。特に医学・医療の発展は応用の学問であり、様々な基礎的研究のうえに成り立っているため、他分野との連携なくして進歩はありえない。
 国の政策としては長期的展望にたった研究ビジョンの確立と育成、研究者にあっては自分の分野の発展だけでなく、開発の応用面についてもっと考えてもらいたい。特に基礎実験・研究を行っている研究者は自分の研究が素晴らしい応用につながることに気がつかないでいることが多々みられる。是非、異なる分野にいる人たちに科学の相互利用、協力体制を討論する機会を作ってもらいたい。